中華街を鏡に考える-002-4.二つの休日、二つの学校、二つの華僑総会(中華街ショ-ト・ヒストリ-)
前述のように中国本土における国民党と共産党の分裂、中華民国からの中華人民共和国の成立という激動の中で横浜在住中国人も激しい対立の渦に巻き込まれた。 学校教育も「横浜中華学院」と「横浜山手中華学校」に分かれ、青年会は「横浜華僑青年会」と「横浜中華青年会」に、婦人会も「横浜自由...
中華街を鏡に考える-002-3.一冊の本‥‥屈辱と悲惨の時代の証言(中華街ショ-ト・ヒストリ-)
1997年2月、新風舎という出版社から「横浜中華街華僑伝」というグラフィックが出版された。著者(撮影者)は村上令一氏、京急上大岡駅東口の写真展の若主人である。専門家だけに全140ペ-ジの前半は72名の在住華僑のカラ-・ポ-トレイトで、後半はそれらの人々のお店や職業に関する「...
中華街を鏡に考える-002-2.初期の中華街(中華街ショ-ト・ヒストリ-)
広東人は賭け事が好きと言われ、明治期には127番、148番、118番あたりにはバクチ場が常設されていたという。また戦前には随所に阿片窟があったようだ。問屋が4、5軒あって船員が密輸してきた阿片を買い、両替屋や質屋に一割五分から二割の口銭を取って売る。さらに五、六割の利ざやを...
中華街を鏡に考える-002-1.開港と中国人の来日(中華街ショ-ト・ヒストリ-)
安政6年の横浜開港とともに多くの外国人が居留地に住みついたが、貿易に従事した欧米人はアジアにおけるそれまでの根拠地香港から多くの中国人を連れてきた。初めて日本人と取り引きするにあたって同じ文字を使い日本の事情にも多少は明るい中国人が窓口役として便利だったのである。...
中華街を鏡に考える-001.中華街を裏から眺める
1.堂々たる夫婦喧嘩(自己主張と客観的評価) 2.日本人には見えない内部対立(主義主張より商売・空理空論を排す) 3.白手起家(孤手空拳) 4.落葉生根(背水の陣) 5.中華街憲章 礼節待人、創意工夫、温故知新、先義後利、老少平安、桃紅柳緑、善隣友好 #中華街を鏡に考える