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「川と海から」-096.大聖院・

そとわ堂・湾岸の海中出現仏神伝承

 

 根岸駅の正面の山裾の大屋根が根岸山大聖院覚王寺である。開創の由来は定かでないが、阿弥陀の梵字のある室町時代の板碑三基が残されているのでその頃であろう。堀ノ内宝生寺の末で明治初年の学制施行にともない明治6年にここに「志敬学舎」が設置され飯田桂州を師として30名の子弟が集まった。これが明治8年に根岸学校となり現在の根岸小学校の母胎となった。

 大聖院の墓地は「札の辻」近くの「そとわ堂」にあるが「そとわ」とは「卒塔婆」の訛りではないかと推測される。そとわ堂の聖観音菩薩像は伝説によれば根岸の漁民の網にかかって引き揚げられたものと言われているが、八幡神社と同じく「海中出現仏説話」の一つである。川崎大師(平間寺)、浅草観音(浅草寺)のような大きいお寺も尊像が漁夫の網にかかって引き上げられた伝承を持つが、これは東京湾岸の寺社に多く見られ管見ではあるが横浜市内だけでも下記のように多くの例がある。

■金沢区金沢慈眼寺 観音仏が網にかかり光り輝く

■中区戸部村姥神社州乾湊姥島に十一面観音出現

■金沢区須崎榎木地蔵 地蔵尊が常陸の海岸に出現

■保土ケ谷区帷子町牛頭天王社 神体が帷子川に漂着

■金沢区六浦瀬戸神社 神名札が漂着明

■西区浅間町 浅間神社浅間大菩薩が帷子川河口に漂着

■磯子区中原如来寺 阿弥陀如来に海中出現伝説あり

■神奈川区神奈川通神明社 上無川に牛頭天王ご神体が出現

■磯子区根岸そとわ堂 観音仏が網にかかり光り輝く

■神奈川区神奈川通洲崎神社 神体が青木町に漂着

■磯子区根岸八幡神社 正八幡が光と妙音に包まれ着岸

■神奈川区東神奈川能満寺 虚空蔵菩薩が海中出現

■中区本牧本牧神社 大日霊女命の像が漂着

■神奈川区並木町観福寺 観音像が龍宮より出現

■中区本牧吾妻神社神体がこの浦に漂着

■神奈川区台町大綱神社 頼朝渡海のとき尊像海中に出現

■中区本牧多聞院 薬師如来が海中出現

■鶴見区矢向良忠寺 薬師如来が鶴見川岸に出現

■中区本牧十二天神体が網にかかる

■鶴見区下末吉稲荷社 稲荷神体が鶴見川の洪水で漂着

■中区本牧八王子権現 神体が網にかかる

 海の彼岸の浄土からの渡海という教義に由来する説話と思われるが、古代から海浜や河口周辺地域には海難、水難、洪水、土砂くずれ、震災などによる水死人の漂着が多く、浜村の農漁民はそのたびにかり出されることが多かった。特に貴重な網に水死体がかかって「穢れ」とされたままで放置されたのでは平穏な気持ちで仕事がしにくいこともあったであろう。海中出現神仏説話はこうした浜村の民衆に水死人を神仏の再来として「穢」から「聖」に転化させる機能を持っていたのではなかろうか。別項「根岸の漁業」で触れたように水死人のかかった網や取りあげた船には大漁が約束されるという言い伝えもこの機能ではないかと思われる。後証を待つ次第である。

 

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