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山の手散策-024.元町プ-ル

 

 山手丘陵のふもと一帯の湧水は「天沼びあ酒」「打越の霊泉」「ジェラ-ルの水屋敷」などのほかプ-ルの源泉にもなった。昭和3年に横浜市連合青年団が御大典記念事業としてプ-ル建設を計画する。昭和5年6月1日にわが国最初の公認プ-ルが誕生した。4947坪の土地に長さ50メ-トル、幅20メ-トル、水深最大5メ-トル、最浅1.3メ-トルという当時の最高設備を誇るものであった。開場式の後、極東オリンピック大会のため来日していたフィリピン水泳選手を招いて日比対抗の水泳大会が行われたが、これが横浜市として最初の国際水上競技大会である。さきの大戦中はプ-ルの名が忌避されて「水練場」という古風な名称が復活したという。

 プ-ルの前に記念碑があり、こう記されている。

「此の地夙に水屋敷の称あり清泉滾湧盡きさるを以て飲料竝に船舶給水用たりしこと久し*年永代借地として仏人の手に帰したりしか震災復興促進の為横浜市はこれを市有となしその利用を計画中なりしか偶々横浜市聯合青年団が御大典記念事業として水泳場背設立の議を樹つるに会せりこゝにおいて横浜市はその希望を容せ據出金をも併せ用ひて之を建設し以て臨港都市青年の体育に資し且更に附近一帯に公園施設をなし之が美化に力めたり今功なるを告げ幽邃景勝の境満々たる水を湛へ永く市民の体育竝情操の函養に供せらるゝを歓ひ茲に由来を刻して之を後葉に伝ふ   昭和五年九月横浜市長有吉忠一誌 」

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